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2011年05月31日(火)

110531 [《変容の対象》]

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結局、考えたが何も浮かばず、《変容の対象》2011年5月は9小節目でfineです。

と濱地潤一さんへメールした。

今月も終わる。来月の第1小節目は濱地潤一さんからのサックスパートから。

Posted by shimaf at 16時23分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年05月30日(月)

110529-30 [《変容の対象》]

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2011年5月29日の深夜に濱地潤一さんへ《変容の対象》のピアノパート8−9小節目を送る。


2011年5月30日に日付が変わって2時ごろ、早速濱地潤一さんより《変容の対象》2011年5月の9小節目(サックスパート)が送られてきていた。
http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110529

30日の朝にメールを確認した。濱地さんはこのまま9小節目で今月のfineとしてもいい、とのこと。終止感もあるので、概ね僕もそれに賛成の気持でいる。が、残り日数も少しあるといえばあるので、もう少し考えてみようと思う。

今月最初に書いた、僕の第1小節目(ピアノパート)は今聴けば少し稚拙な感じは否めない、そこから良く発展したと思う。濱地さんの手腕だろう。後半は僕ものせられて面白い組織を導けた。

5月30日のお昼過ぎに濱地さんと少し電話する。今月の《変容、、、》の話にもなったが、二人の間では8小節目がもっぱらの話題となった。
今月はお互いのパートで臨時記号の少ない月だったのだが、色彩は良く出た月だった。その辺りはまた分析したい。

《変容、、、》の分析班のようなものを作りたいくらいだ。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110528

Posted by shimaf at 16時02分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年05月29日(日)

110528 [《変容の対象》]

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2011年5月28日に日付が変わった頃、濱地潤一さんからのメールを受信。
《変容の対象》の2011年5月の7-8小節目(サックスパート)を受け取る。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110527

少し響きをじっくり調整する必要のあるポイントだと思い、まだ書けていない。ただ、今月ももうすぐ終わる。

Posted by shimaf at 00時31分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年05月26日(木)

110526 [《変容の対象》]

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濱地潤一さんへ《変容の対象》2011年5月の6-7小節目(ピアノパート)を送る。2011年5月23日の朝。


2011年3月15日の夜、ディーゼル・ギターの演奏を聴いた帰り、電車の中で「ゲーテ形態学論集・植物篇」を読みながら頭の中では何とも言えない違和感が2つ浮かんでいた。
ひとつはディーゼル・ギターの演奏は電力に支えられていたけれど、それをどう考えようかということだった。思念によって組織された音響に、たとえ電力の力が必要だとして、それを真っ向から否定する事などできるだろうか。

もうひとつは「ゲーテ形態学論集・植物篇」に書かれているもの、それは未知の事柄への洞察を絶えず進めるゲーテ自身の探究心の表れでもある、がとてつもなく贅沢な そして言い方を変えれば楽観的な時代の産物のようにも感じられたこと。そして、そのように感じざるをえないという、周りの状況を思ってまためまいがするのである。

答えの見えにくい事柄に、分かりやすい解説がつけば鵜呑みにもしたくなるが、ただそれだけではまた危険だと天の邪鬼な心は騒いでいる。ならば、見えにくい答えを絶えず求めていくことをまずは続けたい。

Posted by shimaf at 18時55分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年05月24日(火)

110523 [《変容の対象》]

画像(180x119)・拡大画像(800x533)

濱地潤一さんからのメールを受信:時間は23日に日付が変わって2分後になっていた。
《変容の対象》2011年5月5-6小節目のsaxパート、2011年5月23日の朝に受け取り、夜に確認した。

今月の《変容,,,》は順調に成長を続けているように思う。

《変容,,,》に関して言えば、順調ではない月ももちろんあるが、そもそも曲自体の持つその傷や歪み、短命、長寿の様子などすべてを認めてあげられるほどに、大切に育ててきたという意識はある。おそらく濱地潤一さんの中にもそのような意識はあるだろう。ただ、だからといってどんな作品になっても許せるのだ、ということにはならない。1ヶ月間精一杯向き合って、結果形作られた曲に関してはある一定の評価は持てるだけのものにしたいという想いは常に働いてきたし、今後もつなげていかなければいけない。
そしていつも《変容,,,》で一番エキサイティングな場所は、次にどの音が並べられるのかという作曲の渦中、あらゆる可能性を含んだ「現在」である。

最近、植物の事に興味が湧くので少しずつ時間をさくようにしている。植物の育ち方について調べたりしていると、その成長速度のあり方に複数の時間の存在を感じたりして、非常に音楽的に感じられたりもする。
植物の成長において、その速度の一番早い箇所はその末端、それ以外の箇所は徐々に速度を緩めるか(器官によっては)停止に向う。《Amorphous Ring I & II》で試みた複数の時間の扱い方は、植物の幹や枝の育ち方、拡張と収縮(ゲーテ)の関係と通じるものがある。

植物を音楽的に捉えようとする事で、植物の形状は時間のシンボルとなり得る。
成長(或は変形)の渦中にある箇所を「現在」、既に形作られた幹や枝葉は「過去」、そしてそれらを取り囲む空間は「未来」として。
そうして捉えれば、これまでのすべての時間が共通に1本の線によって1直線に進んで行くというイメージとは異なるあり方も想像しやすい。

「植物の形状とその空間」というイメージによって、記憶、おそらくは「未来の可能性を内包した記憶」の形状として新たなシンボルを植物の形状に置き換える。驚くほど(観念としての)記憶の形状と植物の形状には類似するものがあるからだ。

道ばたの何気ない草木の形が、あらゆる生命の時間、記憶のあり方を象徴している。
もしくは、私たちは一生を通じてひとつの植物を心の内に育てているとも言えるかもしれない。


同じ時の経過を通過しても、地球上に存在する植物の形状の多様さほどに記憶のかたちは多様なのではなかったか。

Posted by shimaf at 00時24分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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